傾聴・カウンセリングはなぜ人を立ち直らせるのか?

傾聴・カウンセリングで人を立ち直らせるカギを握るのは、カウンセラーの応答です。

どんな応答が適切なのかを知り、そうした応答を導き出せることが最重要といえます。

今回はカウンセラーの応答の意味と役割、その効果・影響力と方法について解説します。

スクールや資格団体の間違った「応答」の教え

来談者中心療法では、クライエントの発言のボリュームよりもカウンセラーの応答のボリュームの方が少なくなります。

カウンセラーの応答というのは、出来る限り短く、そして頻度も少ない方が望ましいからです。

ではなぜ、カウンセラーの応答は短く少ない方が良いのでしょうか?

様々な資格授与機関やカウンセリングスクール等では、例えば次のようなことが教えられています。

1)クライエントの話をまとめる

2)質問を多くして必要な情報を取ったり、クライエントに気づきを与える

残念ながらこの2つとも実際にやるとカウンセリングは失敗します。

先ず、クライエントは自分の話をまとめて欲しいなどと思ってはいません。

クライエントが望むのは自分の直面している問題の解決です。

そしてそのためにカウンセラーに自分が置かれた状況や問題の難しさ、さらにはその過程での自分の葛藤を伝えたいと思っています。

そんな話を目の前で話したそばからまとめて欲しいなどとは思っていません。

そんなことをされたら、却って話しにくくなるし、話そうと思ったことを忘れてしまうだけです。

カウンセラーの応答はまとめだと思っている人もいますが、ちょっと違うんですね。

結果としてまとめに近かったり、まとまっている形になることはあっても、まとめが目的なのではないんです。

カウンセラーの応答の具体的方法(例文)

もうこのメルマガでは何度も書いてきたことですが、改めて書きます。

カウンセラーの応答は「そこまでのクライエントの話をカウンセラーがどう理解したか」を伝えるものです。

私はあなたのここまでの話をこう理解しましたが、これで合っていますか?

これが応答の基本的な役割です。

例えば

「学校に行かなきゃとは思うし、行けたらいいって思う。
でも、朝になるとお腹が痛くなって動けなくなるんです。どうしてそうなるか、自分でもよくわかりません。
自分なりに頑張って学校の準備とかするんですけど・・・」

というクライエントの話に対して

「学校に行こうとすると、身体が言うことをきいてくれない感じになるのね」

とカウンセラーが応じることです。

これはクライエントの話をまとめようとしているのではなく、カウンセラーがクライエントの話をどう理解し、どう受け止めたかを伝えています。

合っていればクライエントは例えば
「そんな感じです。自分の意志や考えとは違って、身体が拒否するような・・・」と話を続けるでしょう。

違っていればクライエントは例えば
「・・というか、自分でも行きたくないという気持も起きていると思います」などと修正してくれます。

いずれにしても、こうしたやり取りを重ねていくことで洞察や俯瞰(ふかん)が生まれ、問題解決の道筋を一つ一つ辿ることができるようになるのです。

まとめる行為や質問を重ねる働きかけからは、こうしたプロセスは生まれないのです。

カウンセラーが喋り過ぎると、クライエントの内面から自然に起こる様々な気づきや洞察、あるいは俯瞰などが起こる機会を失ってしまいます。

なぜカウンセラーの応答は短い(少ない)ほど良いのか?

ですから、カウンセラーが話をするタイミングは自然と少なくなります。

話すにしても、そのボリュームは少なくします。

このボリュームを少なくする理由も、このメルマガで再三にわたりお伝えしていますね。

応答を簡潔にする理由は、その方がクライエントに伝わりやすいからです。

クライエントはその瞬間でも話したいことがあり、精神的にも余裕のない状態です。

そんなクライエントにカウンセラーが長々と何かを話す。

そんな話はクライエントに伝わりにくくなるのが道理です。

そうでなくても、一般的にいって長い話をパッと理解するのは大変です。

簡潔な方がわかりやすい、聞きやすいものになります。

無駄な、余計な要素を削ぎ落し、必要最小限の語数で応答する。

だからこそ、カウンセラーの言葉がクライエントに理解されやすくなります。

カウンセラーが見せる反応や発する応答を、クライエントは常に注視しています。

カウンセラーの見せる一瞬の表情だったり、たった一言であっても、クライエントはそれを最大限注視しているものです。

だからこそ、カウンセラーの見せるほんの一瞬の態度も、たった一言の応答も、どれひとつとってもないがしろにできるものなどありません。

むしろ、どれ一つとってもクライエントの立ち直りに寄与するものであるべきです。

理解されていない応答の役割とは

私のところでは、カウンセリングの個別レッスンを行っています。

そこには、本当の意味で「現場で通用するカウンセリング」を学びたいという方が通われています。

学んでいる内容は様々で、応答の演習問題をこなしている方もいれば、逐語記録を持参してその分析・指導を受ける人もいます。

あるいは、クライエント体験をしたい、カウンセリング学習を通して自分自身を見直したい。

そういう方がカウンセリング(教育分析)を受ける時間にしている場合もあります。

いずれにしても、いろいろなオーダーに応える形で学習を進めています。

そうした人たちとの指導経験から、最近改めて浮かび上がってくることがあります。

それは、カウンセリングによって人が立ち直るために、「応答」がどのような役割を果たすか。

そのことについてきちんと理解できていない人が多いということです。

そこで、改めて「応答」の役割を再確認してみます。

応答というのは、カウンセラー(聞き手)が示す言葉による反応(レスポンス)の一つです。

クライエント(話し手)が話したことに対して、カウンセラーが示す反応です。

では、この反応とは、どういう反応か?

それはクライエントの話をカウンセラーがどう聞き、どう理解したかを伝えるための反応です。

「あなたの言いたいことは、”こういうこと”ですね?」

「私はあなたの話を”こう”理解しましたよ、合っていますか?」

これが応答の基本形なのです。

つまり、カウンセラーの”この理解”で合っているかどうか、それをクライエントに確認する役割も応答にはあるのです。

では、なぜそんなことをする必要があるのでしょうか?

アドバイスしたり、慰めたり、励ましたりする前に、どうしてそのような「確認」が必要になるのでしょうか?

日常会話、子育てでの応答とは

ここからは、わかりやすく例を挙げて説明します。

例えば、目の前で小さな子供が転んでしまったとします。

そうすると、子どもは転んだまま、泣き出してしまいました。

そんな時、あなただったらどうしますか?

先ず最初に、何らかの声をかけたくなると思います。

その時に、どんな声のかけ方をしますか?

「転んじゃったの?」

「大丈夫?」

そんな風な声のかけ方もあると思います。

では、こういう声のかけ方はどうでしょう?

「我慢できないくらい、痛かったのね」

「転んじゃって、なんか、悲しくなっちゃったのね」

先に挙げた声のかけ方と、この声のかけ方、いったいどこが違うのでしょうか?

後者の声のかけ方が、カウンセリングの応答と同じなのです。

子どもは転んでしまい、泣き出してしまいました。

これは捉えようによっては、泣くことでこちらに「何か」を伝えようとしている・・ともとれます。

それではその時、その子がこちらに「泣く」ことを通して伝えたかったことは何でしょう?

きっとこの子は”こういうこと”を伝えたかったのではないか?

転んでしまった今、”こういう気持ち”になっているのではないか?

その”こういうこと”や”こういう気持”というのを具体的に言葉にしてみると、先ほどの言葉にできるわけです。

つまり

「我慢できないくらい、痛かったのね」

「転んじゃって、なんか、悲しくなっちゃったのね」

となるんですね。

そして、この言葉がけに対して、子どもがウンと頷いたり、さらに大声で甘えるように泣いたりする。

そうなれば、こちらが言葉で伝えた通りだということが確認できます。

つまり

「うん、痛くて我慢できなかったんだ」とか
「なんかどうにも悲しくて・・・」ということになり、

それで子どもは「うん」と頷いたり、更に大泣きしてみたりするわけです。

そうやってその時子どもは、自分の「痛み」をしっかりと(そのまま)受け止めてもらえたという実感を持てる。

だから子どもは再び立ち上がろうとし、泣き止むことができるのです。

応答こそ寄り添う第一歩

もう、おわかりですよね。

これはまさに、「応答」によってカウンセリングで成されているやり取りそのものなわけです。

クライエントが何か話している。

その訴えをカウンセラーは「”こう”理解したけど、合ってます?」と投げ返す。

そして合っていれば、クライエントは「そうです、その通りです」という反応を自然と示す。

つまり、転んだ子どもへの短い言葉がけと、カウンセリングでのカウンセラーの応答とは、基本的には同じ役割を果たしているといえるのです。

ところが、多くの人がこのような応答が出てきません。

すぐに自分の考えや感想を述べたり、分析や評価を伝えたり、アドバイスや励ましをしたり、無神経な質問をしたり・・・・・・

それは目の前で転んで泣いている子供に対して

「自分で立ちなさい、泣かないの」

「強い子だね」

「そこで我慢すると強い子になるぞ」

「子どもというのはそうやって転ぶものなんだ」

などと御託を並べたり、講釈を垂れてしまうのと同じです。

人が何かを話したり、そうした意思表示をするのは「伝えたいこと」があるからです。

何か伝えたいことがあるから、私たちは話をするのです。

言葉を介して伝えたいことがあるから話すのです。

ということは、それを聞くこちらは「何を伝えようとしているのか」という観点で話を聞くものでしょう。

そして「伝えたいことは、こういうこと?」と確認したくなるはずです。

その結果、こちらの理解が合っているかどうかを、相手(話し手)が教えてくれます。

合っていれば、その時点で同じことをわかち合えたことになり、その瞬間に初めてお互いが次の話に進めるわけです。

ちなみに、このわかち合いが起きた瞬間をもって「共感的理解」が成立したということになるのです。

ところが、多くの人たちがこうした確認作業もしないままに、今度はこちらが伝えたいことを伝えたいように伝えてしまいます。

その結果、意思の疎通も成立せず、話がかみ合っていきません。

結局互いの関係性は深まらず、信頼関係には程遠い状態になるしかありません。

上司と部下、教師と生徒、親と子、こうした関係性で、上記のようなやり取りで終わっている場面をあちこちで目にします。

上司も教師も親も、一方的に自分の聞きたいように聞いて、伝えたい事を伝えてしまう。

相手(部下・生徒・子ども)が伝えようとしたことを受け止めることもせずに・・・です。

カウンセリングの応答には、そうした行き違いを防ぎ、確かな意思の疎通を重ねて信頼関係を築く重要な役割があるのです。

こうした重要性を骨身にしみて理解し、体得する。

傾聴やカウンセリングの学習の主要な目標の一つがそこにあるわけです。

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