心のケアとは

心のケアで重要なのは、いかに実践できているかです。
心のケアは震災をはじめとした災害、医療や介護、心理や福祉のなどの現場で重視されるようになりました。
しかし、心のケアを必要な場所で必要な時にしっかりと実践できているかというと、途端に心もとなさを覚えてしまいます。
心のケアというのは、その言葉を知っているだけでは何もならない。
問われるのは必要な場所で、必要な時に、必要な人に対して実践できるかどうかだけです。

心のケアはいかに実践されているかが大事。
そのためにはケアできるだけの”力”を身につけることがもっと大事。

今回は心のケアについて、その難しさと具体的な実践法について解説しています。

心のケアの難しさとは

心のケアが重要だと言われて久しいです。ただ、重要視されているということと、実際にそれが機能しているということとは、やっぱり違います。

社会で重要視されているということと、実際の現場で機能しているということとは違う。

この両者の溝は、なかなかの隔たりを見せています。
つまり、心のケアが重要だと言われていても、実際にケアが十分にできているとはとても言えない。
ケアを必要としている現場で、ケアが有効に働いていない。
それどころか、ケアを試みて、かえって相手を傷つけているということも起きています。
では、どうしてそんな現状なのでしょうか?
どうすれば、心のケアは十分に機能するのでしょうか?

目に見えない心をケアする難しさ

そもそも、心のケアというのは、誰がやっても難しいものです。
ビジネスで成果を出すのと違い、人の心というのは、一筋縄ではいきません。
なぜなら、数値化、画像化、映像化できないからです。
客観的なデータがもてない。
つまり、心というのは目に見えない世界だという難しさがあるのです。
私も十数年心理カウンセラーをやってきて、そのことを嫌というほど味わっても来ました。
心の問題というのは、知識や情報を得れば、解決するということは、あまりありません。
だから、心理学の勉強をいくらしても、理論や知識をいくら覚えても、それだけでは解決しないことがほとんどです。

心は目に見えない世界。
心理学の知識や理論、情報をもってしても心の問題は解決しない。

人の心というのは、そういう難しさがあります。
例えば、災害時の心のケアにも、こんな難しさがあります。

災害と心のケア

例えば、ここ数年様々な災害が発生しています。
それで被害に逢われたり、大切な方を亡くされたり、そういう人たちに私たちは何ができるのでしょう?
心のケアというのは、そうした問題と向き合うことです。
励ましや助言、同情、そういったことが一切通用しないし、何も役立たない。
「あなたの気持ち、わかります」という言葉ほど無力に響くことはない状況です。
「大変ですね」「辛かったですね」「あなたの気持ちわかります」と言ったとしても、「あなたに私の何がわかるの?」という言葉が返ってくるのが常です。

事件の被害者の心のケア

心のケアは、社会的な隙間を埋めていく。
そういう側面があると、私は考えています。
救ってあげなきゃならないのに、最も救われないという、そういう人や問題。
そういう社会の隙間をケアしていくんです。
凄惨な事件で傷ついた人に対しても、私たちにはかける言葉が見つかりません。
かける言葉も見つからず、何をしてあげればいいかもわからない。
そういう場面に直面して、一体どうすればいいのか?
心のケアは、こうしたところから出発するしかないんですね。

かける言葉が見つからない。
どうしてあげればいいかもわからない。
カウンセラーやセラピストは、そういう状況に臨む仕事といえます。

寄り添うとは

「寄り添う」という言葉があります。
この寄り添うにしても、簡単な場面は一つもありません。
私などは、寄り添うという言葉を口にするとき、身震いするような怖さすら覚えます。
なぜなら、寄り添うということも、それほどに難しさや危険をはらんでいるからです。
その難しさ、怖さをよくよく知ること。
身に染みて実感することも大切です。
だからこそ、寄り添う素晴らしさや、その可能性にも近づけるというものです。
心のケアも同様で、その困難さを熟知するからこそ、その先にある素晴らしさや可能性も見えてくる。
そういうある種の覚悟があるからこそ、心のケアに挑戦しようとなっていく。
その両面をしっかりと見据えていくといいと思います。
そして本当の意味で寄り添っていくためには「寄り添う力」が必要です。
寄り添ってあげたいと思っても、愛情や思いだけでは寄り添えないことが多いものです。

寄り添いたいという思いだけでは寄り添えない。
本当に寄り添うためには寄り添えるだけの「力」が必要。

本当に寄り添うためには寄り添う力をつけるか、その力を持った専門家の手を借りる必要があるのです。

心のケアには限界が常にある

また、心のケアには、常に限界があります。
この仕事はいつも限界を突き付けられる仕事といってもいいでしょう。
でも、そうした限界とも向き合っていくことで、私たちカウンセラーも人間として成長します。
心のケアをしっかりやるためには、しっかり出来るだけの人間になる必要があります。
そういう人間に成長することが必要です。
それには、現場の困難、その一つ一つと向き合い、そこで経験を積み、学び、力をつけるしかありません。
現場にいつもまっすぐ向き合うことでしか、心のケアの力を上げていくことはできません。
だから「なんちゃって」とか「ノリで」と、そんな風にはいかないのは当然です。
心のケアを本当にやっていこうと思うのなら、それ相応の覚悟は必要です。
覚悟が決まった人間は、正直、強いです。
少々のことでは、弱音は吐きません。
クライエントのことを考えたら、弱音すら履いている暇もないはずなんです。
そういう覚悟が、ある意味、私たちに力を与えたりするんですね。
心のケアを真剣にやろうと思えば、実にたくさんのことを経験し、学びます。
その経験と学びこそが、私たちの人間性に厚みと奥行きをもたらします。
心のケアをする人間には、この厚みと奥行きがどうしても求められます。
心のケア、やっぱり難しいものです。
常に困難がつきまといます。
だからこそ、そこで磨かれること、得られること、気づかされることがあるのではないでしょうか?

相手の役に立つことを言わなきゃ・・の落とし穴

「何かまともなことを言わなきゃ・・・・」

カウンセリングの中でクライエントの話を聞く。
そのうちに、カウンセラーにはある焦りが出てくることがあります。
その焦りとは、クライエントに対して「何かまともなことを言わなきゃ・・・」というもの。
つまり、せっかくお金を払って自分の所にカウンセリングに来ている。
だから、少しでも役に立つこと、ためになることを言わないといけない。
そういう思いが出てくるというものです。
たしかに、カウンセラー側にしてみれば、それ相応のプレッシャーはあるでしょう。
クライエントにしてみれば、自分の人生を賭けた取り組みといえるもの。
今後の人生が、このカウンセリングで左右されるかもしれません。
そうした期待や緊張感をもって来談されるクライエントを前にするわけです。

少しでもお役に立ちたいと思うのは、当然でしょう。
ただ、ここで大切なことは「どうお役に立つか?」です。

心のケアと傾聴・共感的理解

正直、私もカウンセリングを15年以上やってますが(2019年時点)、そうそう「役に立つこと、ためになること」など言えないんです。
そもそも、「役に立つこと、ためになること」なんて、言えるのでしょうか?
カウンセリングをずっとやってきても、なかなかそんな場面ってないんです。
でも、結果として私たちカウンセラーは、クライエントの役に立たなければなりません。
そしてその方法は「まともなことを言う」というものではないんです。
むしろ、そんなことを言わなくても、クライエントは良くなっていくんです。
それは、クライエントの経験・感覚・感情などをわかちあうことです。
それこそ「わかちあい」に専念すればするほど、クライエントは良くなっていきます。
別な言葉でいうと、わかちあいとは「共感的理解」のことです。
つまり、カウンセラーが共感的理解に専念すればするほど、カウンセリングの効果が出てきます。
とにかくひたすら「わかちあい」に専念することです。
そうすれば、役に立つことを言うよりも、はるかに確かな立ち直りにつながります。
もちろん、このわかちあいには、具体的な方法があります。
養成塾では、様々なケースの録音記録や逐語記録を使用して、具体的な応答、その一言一言の組み立てまで仕上げます。
抽象的な説明に逃げることは、一切していません。
私の感覚でいえば、このわかち合いがしっかりと出来れば出来るほど、カウンセリングは進展します。
わかち合いで対話が織りなされることで、クライエントの人間的成長が起きる感覚です。
クライエントの心理的変化・成長を起こすのは、この「わかちあい」だと断言してもいいでしょう。
もし、傾聴だけでは問題が解決しないとか、共感しても足りないというなら、そのほとんどのケースは、傾聴も共感も不十分であるといえます。
多くの人たちが、傾聴や共感の本質、実態を知らないまま、傾聴や共感に見切りをつけているといっていいと思います。
もちろん、情報提供が一番状況打開につながるのであれば、助言などの「役に立つこと」を伝えることは有効です。
しかし、クライエントの心理的な変化・成長を発端に、人間的な変化・成長にまでつなげるには、傾聴や共感は必須です。
傾聴にしても、共感(的理解)にしても、これらは非常に奥が深いものです。

心のケアでカウンセラーができること

私が初めて師匠である吉田哲の面接にふれたときは、衝撃でした。
それは、吉田のあるカウンセリング面接の録音と逐語です。
吉田に師事して半年くらいした頃でしょうか。
授業が終わってすぐに、私は吉田に呼び止められました。
そして、吉田は自分の面接の録音と逐語のコピーを数回分まとめて私に手渡し、こう言いました。
「これを聴いて、鈴木さんがどう感じるか、教えて欲しい」
家に帰ってすぐに、その記録を、逐語を片手に聴きました。
・・・・衝撃でした。
吉田の応答、その一言一言によって、面接がググっと進展し、クライエントの洞察が見事に深まっていったのです。
その切れのある応答に、私は本当に衝撃を覚えたものです。
その面接は、おそらく100回以上繰り返し聞いて(読んで)研究しました。
基本的には傾聴と共感、そして要所要所での投げかけ(問いかけ)だけでした。
そこには「役に立つことをいわなきゃ」といった動きは全くありませんでした。
吉田が放つ応答が、クライエントの自己洞察を見事に喚起していったのです。
私のカウンセリングは、この吉田の面接の影響をたぶんに受けています。
傾聴とはいかなるものか?
共感的理解とは、本来はどんなものか?
そうしたあるべき姿を具現化した面接だったのです。
役に立つこと、まともなことを言わなきゃ・・・なんて思う必要はありません。
役に立つことを言うことが、クライエントにとって役に立つかどうかは、また別です。
カウンセリングの本筋は何か?
カウンセラーが出来ることは何か?
私のその原点を突き付けたのが、吉田哲の面接だったのです。

心のケアと寄り添う力

大切な人が困っている時、身近な人が辛い思いをしているとき。
私たちは何とか力になってあげたいと思います。
そして、どうしたらその人に寄り添えるか、試行錯誤します。
ところが、寄り添うというのは、時には困難を極めます。
なぜなら、寄り添いたいという思いだけでは、寄り添えないからです。
確かに、思いは大切です。
寄り添いたいという思いがなければ、寄り添えません。
しかし、その思いがあっても、どうしても寄り添ってあげられない時もあります。
なぜなら、寄り添うためには、寄り添えるだけの「力」が必要だからです。

寄り添うためには、寄り添えるだけの「力」が必要

例えば、我が子が不登校になったとします。
親なら、命がけで救いたいと思うかもしれません。
そんな覚悟や愛情があったとしても、不登校を解消できない。
親として懸命に寄り添おうとしても、募るのは無力感ばかり。
こういう事態はちっとも珍しいことではありません。
愛情がある親なら寄り添えると思うかもしれません。
でも、いくら愛情があっても、寄り添えないケースがたくさんあります。
なぜなら、そこには不登校や児童心理に関する専門性が必要だからです。
この専門性とは、知識だけではなく、解決に導く力であり、様々な組み立てや働きかけのスキルなどです。
ただ、その専門性もある視点がなければ成り立たないのです。
この「ある視点」こそ、セラピーやカウンセリングでも重要な視点です。
その視点とは「なぜ」という視点です。
こうして言葉にすると、たった一言で済んでしまいます。
しかし、この「なぜ」という視点を持つことの難しさは、その視点がすぐに失われてしまうというところにあります。
問題が刻々と深刻さを増したり、複雑になっていく渦中にいると、いつのまにか「なぜ」ではなく「どうすればよいか」に走りたくなります。
常に「なぜ」の視点からものを観ていかないと、「どうすれば」が結局「どうしよう」になってしまうんです。

「なぜ、この問題が起きたのだろう」「今、何が問題なんだろう」
「あの子のあの一言はどういう意味だろう?」
「なぜ、この人は身動きが取れないのだろう?」

こうした視点を常に働かせていく。
問題や当事者の心にまっすぐに関心を向け続ける。
わずかな疑問や違和感を見逃さず、そこからヒントにしていく。
こうした鋭い観察や洞察を常に続けていく必要があります。
問題に、そして当事者の人たちに、強くまっすぐな関心を向け続ける。
これが問題解決にとても重要な視点となるのです。
その視点を持ち続けることが、自分の専門性を高めることにもつながります。
結果として「寄り添える力」の獲得につながっていくわけです。

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