傾聴・カウンセリングでは沈黙は怖れるもの、避けるものだはなく生かすものであり、セラピー効果を認めるものです。
ところが、多くの学習者やセラピストが沈黙を怖れ、慌てて埋めようと試み、失敗します。
沈黙が洞察を深めたりカウンセラーとのラポールを深めたりすることを実感する必要があります。
このあたり、以下に詳しく書きました。
もくじ
場面緘黙症とカウンセリング
「なんで何も出来ないんですか?」
数年前の話です。
私がスクールカウンセラーとして勤務していた小学校に、場面緘黙(ばめんかんもく)の女の子がいました。
場面緘黙とは、話すことができない心の病の一種です。
その女の子を仮にTさんとします。
Tさんは自分の家では家族と普通に会話ができるのですが、一歩外に出ると、途端に話せなくなってしまうのです。
そうした状態が幼児期からずっと続いていました。
場面緘黙については、詳細は別の機会に譲りますが、あるケース検討会の席で、私がTさんのことについて少し話をしました。
その話の中で私は、はっきりとは覚えていませんが、「話せないのでカウンセリングができない。」だったか、「カウンセラーとして相談室に来ても、何もできない」とか言ったのだと思います。
その時、その検討会のスーパーバイザーであった私の師が、ボソッと一言、こうつぶやいたのです。
「なんで何も出来ないんですか?」
師は私の方を見るでもなく、少し下に視線を落とした格好で、静かにそうつぶやいたのです。
私は自分の言った言葉は正確には覚えていません。
しかし、その時の師の言葉と言われた場面、光景は、今もはっきりと鮮明に覚えています。
それは、その言葉が自分の胸に刺さり、そこから「では何ができるのか?」ということを何年にもわたって考えさせられるきっかけになったからです。
結局そのTさんとは、スクールカウンセラーとして関わる機会はありませんでした。
Tさんの母親が何度か相談室に相談にみえましたが、Tさんが相談室に来る機会はありませんでした。
それでも私は、もし場面緘黙の子とカウンセリングをすることになったら、カウンセラーとしていったいどうすればいいのかを自らに問い続けました。
カウンセリングや臨床心理、場面緘黙について書かれた専門書などを読んでも、カウンセリングについて具体的な記述はありませんでした。
しかし、師が私に投げかけてきた問いは「なんで何も出来ないんですか?」というものでした。
師はこうした問いをぶつけてはきますが、その後に具体的なヒントや答えを教えてくれる人ではありませんでした。
つまりは「自分で考えろ」ということですね。
自分で格闘し、自分で問い続けて「自分の答え」を見つけろ・・・ということです。
私なりに数年間、問い続けてきて今、いえることがあります。
言葉ではない「あり方」が問われる沈黙とカウンセリング
カウンセリングとは、方法論ではありません。
技術的な要素も大切ですが、そうした方法論ではなく、最終的には「あり方」であり「姿勢」が大きな要素となります。
つまり、クライエントの前にどのような姿勢で、どのような気持ちで座っていられるのか・・ということです。
実際カウンセリングでは、言葉ではないものが伝わります。
カウンセラーが心の中で思ったり感じたりしていること。
カウンセラーの内面で起こっている感情や捉え方。
そうしたものは言外にクライエントには伝わっていきます。
そうした「見えない聞こえない要素」は、時には言葉より大きな影響を及ぼします。
場面緘黙の子どもは、相談室に来ても、何も話せません。
カウンセリングではそもそも、沈黙を重視しますし、私も30分以上の沈黙は何度か面接で体験しています。
しかし、場面緘黙の子どもとの間に流れる沈黙は、やはりそうした沈黙とは違ってくるわけです。
半ば、終わりのない沈黙となるわけですからね。
そうした場面でカウンセラーとして、一人の人間として、いったいどういう気持ち、姿勢で一緒にいることができるのか?
少なくともその沈黙を全面的に受け容れることが必要になるでしょうね。
その沈黙に全面的に肯定的でいることが基本になるでしょう。
そうした気持ちや姿勢、あるいは覚悟というものは、こちらが言葉にしなくても、確実に相手には伝わっていきます。
まあ、むしろ言葉にしない方がいいでしょうね。
不安や焦りから沈黙を埋めようとする失敗
カウンセリング面接を行うと、間や沈黙が頻繁に起きます。
日常会話で沈黙が起きると、少しでも早くそれを埋めようとします。
日常会話での沈黙は、気まずさにつながることが多いからです。
しかし、カウンセリングでは、沈黙は一つの大切な場面です。
沈黙をいかに生かしていくかが、カウンセラーの腕の見せどころです。
実力のあるカウンセラーは、この沈黙をむしろ十二分に活用していきます。
経験の浅いカウンセラーは、初めのうち、この沈黙に耐えられません。
話しが途絶えてしまうと、途端に落ち着かなくなります。
それはなにか自分の無力さが露呈している場面に感じるからかもしれません。
沈黙が起きると耐えられないカウンセラーは、すぐにその沈黙を埋めようとします。
単に沈黙を埋めようとして何かを言うので、その言葉は結果的に不用意な言葉、対応となってしまいます。
沈黙の意味とたった一言の重さを理解せよ
カウンセラーの発する一言は、たとえそれがどんな場面のどんな一言であっても、必ず次につながる一言である必要があります。
なぜなら、カウンセラーの発する一言によって、面接の流れが大きく左右されてしまうからです。
カウンセラーの一言は全て、面接の大切な流れを生む「置き石」です。
一つ一つ丁寧に、そして意味のある場所に置いていかなければなりません。
クライエントが確かな道のりを歩むための「置き石」となるように・・です。
ですから、そこまでの会話の流れやクライエントの内面に十分な注意もなく、単に沈黙を埋めようとする言葉や対応は、やはり不用意になるといえます。
カウンセラーの力量を見極めるには、沈黙の場面でどんな対応を見せるか?
すぐに動いてしまうのか、じっくりと構えていられるのか。
その態度によってその実力のほどが伺われるといってもいいでしょう。
力のあるカウンセラーほど、沈黙の後におとずれる場面がカウンセリングの進展につながることが多いことをよく知っています。
だから沈黙に対して落ち着いて待っていることができるわけです。
もっというと、待つべき沈黙か、埋めるべき沈黙かをしっかりと見極められる力を持っているということですね。
今、生まれているこの沈黙にどんな意味があるのか?
この沈黙までの面接の流れはどういったものだったのか?
こうしたことをしっかり押さえられれば、沈黙に動じることはないでしょう。
私のカウンセリングでも、よく沈黙の場面に遭遇します。
場合によっては30分も沈黙が続くこともあります。
しかし、その沈黙の意味が理解できていれば、いくらでも待つことができます。
そういう沈黙の後に出てくるクライエントの言葉は、一歩深まった内容になることが多いんです。
沈黙に遭遇した際に、いかに落ち着いていられるか。
これは本当にカウンセラーの力量が問われるところですし、カウンセリングの成否を左右します。
沈黙の時間がクライエントにいかに大切であるかを、ぜひ知っておいて頂きたいと思います。
盗癖の小学生との沈黙のカウンセリング
先ほどの師匠の言葉の答えを、私は数年後に自ら得ることになります。
それはある小学生とのカウンセリングでした。
親の財布からお金を盗んだり、学校でクラスメイトにものを売ったりと言う問題行動をする子がいたのです。
3年生の男児(G君)でしたが、その事実が発覚するや母親は動転し、学校も対応に苦慮していました。
そして、母親も学校も、スクールカウンセラーのカウンセリングに活路を求めようとしました。
そしてそのG君は私の相談室に通い始めました。
しかしG君は面接の時間中、ほとんど言葉を発しませんでした。。
40分ほどの面接で会話をした時間は正味5分から10分程度だったと思われます。
それ以外の時間はひたすら沈黙の時が流れる。
毎回そうした面接が続きました。
しかし、沈黙が続く面接の回を重ねるごとに、G君の様子は大きく変わりました。
問題行動は影をひそめ、母親とのやりとりも増え、学校では友達と遊ぶようになりました。
家でも学校でも笑顔が増え、クラスメートや先生とのコミニケーションも増えていきました。
G君の大きな変化に、母親も先生もとても喜んでいました。
しかしカウンセリングの面接では相変わらず沈黙の時が流れ続けたのです。
私自身、この沈黙の面接がなぜG君の大きな変化につながったのかを考えました。
その結果、1つだけわかったことがありました。
クライエントとカウンセラーの関係性とセラピー効果
それは、その長い沈黙の時間が私たち2人にとってはとても居心地の良い温かい時間であったということです。
言葉をかわさなくてもどこか何か通じ合えている感覚を共有していたのです。
この経験を通して、私は次のことが見えてきました。
カウンセリングは言葉だけではない。
カウンセラーがどんな姿勢で、どんな心持ちで座っているのか。
そしてクライエントとの関係性がどのようなものになっているのか。
こうした言葉以外の目に見えない要素がセラピーの成否に実に大きな影響与えているのだと言うことでした。
「なぜしゃべれないとカウンセリングができないんですか?」
数年経った後、私は師匠である吉田の問いかけに対して、やっと自分なりの一つの答えにたどり着くことができたのです。
そして、カウンセリングは言葉以上に目に見えない要素の影響が大きい。
そのことをあの少年が私に身をもって教えて伝えてくれたのだ。
私は最後のカウンセリングを終えて相談室を後にするG君の背中に、心の中で最敬礼していました。
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