受容とは何か。心理学用語でもあり、意味は自己や他者、出来事を受け容れること、そのまま認めること。
カウンセリングにおける傾聴や共感の実践では重要とされ、他に福祉、保育、看護、介護などでも患者や利用者、園児へのケアや関わりにおいて重視される態度です。
今回は受容について心理学の観点と臨床現場の経験から解説します。
【筆者プロフィール】
心理カウンセラーとして6000件以上(2020年4月現在)のカウンセリングを実施。
5年間にわたりスクールカウンセラーとして教育現場の問題解決にあたり、現在も個別に教育相談を受ける。
大手一部上場企業を始めとした社員研修の講師として10年以上登壇し、臨床カウンセラー養成塾を10年以上運営。コーチとしても様々な目標達成に携わる。
著書「感情は5秒で整えられる(プレジデント社)」は台湾でも出版された。
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もくじ
受容とは
コトバンクやWeblio辞書、goo国語辞典といった媒体で受容の言葉の意味を調べると「 受け入れて取りこむこと」 とか「相手の存在そのものを受け容れること」などと書かれてあります。
①人の言うことや要求などを聞き入れる。 「反対意見を-・れる」
②引き取って,世話をする。 「難民を-・れる」
③受け取って収める。また,他からもたらされたものを取り入れる。 「納入品を-・れる」 「仏教の風習を-・れる」 <三省堂 大辞林 より>
しかし心理学での受容、実際に臨床現場や介護などの福祉、看護、保育などの現場で実践することを考えると、どれもピンとこないはず。
なぜピンとこないかというと、おそらく「受け容れる」ということかどういうことなのかが分からないからです。
カウンセリングで受容とはと考えてもピンとこない。
ではカウンセリングにおける受容とは。
一言で言ってしまうと「そのまま認める」という言い方が一番近い。
これは肯定するとか称賛・評価するということとも違います。
肯定も否定もせず、そのまま受け止める。
「そうなんだ」「そういうことなんだ」 という風に正確に認識するといってもいい。
例えば、 クライエントが上司に対する不満や批判を口にしたとします。
その時に聞く側が「その上司はひどいマネジメントをするものだ」とか「そんなふうに上司を批判するからこの人はつまずくのだ」などと思ったとします。
これはクライエントの話を聞いて、その話の内容や話しているクライエントに対して、何らかの評価や批判をしていることになります。
また、クライエントが自分の努力について語っている時に「それは素晴らしい」と捉えれば、それは賞賛していることになります。
称賛したい気持ちになるのは問題ないのですが、受容ということで違ってくる。
受容とはこうした称賛や評価・批判ではなく、 そのままその話を認識することです。
先の例で言えば「そうか、この人は上司に対してそのような不満を抱いているのか」とか「この人は今、そのような努力をしているのか」と認識することです。
カウンセリングでいうとこれが受容にあたります。
なぜカウンセリングでは受容が必要?
受容はなぜカウンセリングで必要なのか
そこには肯定や否定、称賛や批判と言った評価的な捉え方、感情的な態度はありません。
あるのは、ただそのまま認識するという理性的な態度です。
そして大切なのはクライエントの話がどのような話であっても、先ずはそのまま認識する=受容するということです。
つまり、どのような話であっても「そのような話なのだな」とそのまま認識すること、これが受容です。
受容は肯定も否定もせず、そのまま認識することがカギ。
こうした受容的な態度というのは、クライアントに対して強い興味・関心がなければなり立ちません。
ということは、受容するためにはクライエントに対し強い興味・ 関心が必要ということになります。
クライエントに対しひたすらまっすぐに関心を向け続ける態度です。
「この人のことをもっと知りたい、理解したい」という関心の向け方ですね。
この態度が欠けていたり不十分であったりすると、そのまま認識するということはできません。
まっすぐに関心が向かなければ、ねじ曲がった解釈をする可能性が出てきます。
つまり、聞き手本位の評価的な受け取り方をしてしまうということです。
自分本位の評価的な解釈は、相手に対して十分な理解がない場合に生じます。
相手に対する十分な理解があると、 私たちはそうそう自分本位の評価的な解釈はできません。
もちろん、クライエントのある行動や態度が問題の引き金になっていると見えた時、 そこは問題視する必要が出てくるでしょう。
しかしそうした判断や見立ても、まずクライアントを受容するところから始まるはずです。
クライエントにまっすぐな関心を向け、正確に認識(受容)し、クライエントに対する理解を深める。
だからこそ本当に問題となっている部分も見えてくるということです。
最初は問題視しないで認識するからこそ、本当の問題視が出来るということです。
そういう意味でも、クライエントを受容するということは勇気づけるというだけの意味ではないのです。
受容するということは、クライエントに対する十分な理解を持つ上でも、非常に重要な態度・捉え方だということになります。
事実、解釈、受容の違い
例えば、ある人の部屋の床に本がランダムに置いてあるとします。
これは一つの事実の認識、つまり事実の受容です。
これを「部屋が散らかっている」とするのは、そこに見た者の解釈が加わっています。
もし、その部屋の持ち主が理由があって床にそのように本を置いているとします。
そうならば「床に本がランダムに置いてある」というのが事実の認識であり「持ち主にしてみれば理由がある置き方である」というのが「理解」です。
「散らかっている」としか解釈できなければ「片付けなさい」という態度しか取れません。
しかし「理由がある」ということが見えてくれば「どんな理由なんだろう?」という新たな関心が生まれます。
こうした関心の向け方だからこそ、どこまでも相手の話を聞きたいと思えるし、実際に聞いていくことで理解が深まります。
この理解がクライエント理解でもあり、「共感的理解」にもつながっていくものです。
受容がカウンセリングの第一歩であるというのはクライエントに対する援助に必要な理解をもつ入り口となるからです。
受容と共感の違いは
受容は否定せずそのまま認識することで、共感は相手の伝えたいことをわかちあうことです。
受容と共感の違いは理解の付加さといえます。
カウンセリングでの共感、または共感的理解とは相手が理解してほしいことを理解してほしいままに理解することだといえます。
相手の訴えたいこと、気持ち、感情、感覚をわかち合う。
例えば辛いという気持ちがあれば、何に対してなぜ、どのように辛いのか?
またどの程度辛いのかといったことを相手が理解してほしい通りに理解していくことですね。
これは説明するより例を出した方がわかりやすいでしょう。
数年前にあるクライエントがカウンセリングの中でのやり取りです。
そのクライエントは職場の人間関係や仕事したり生きていくことに疲れていました。
理由はいろいろあるのですが、そんな話の中でクライエントはこう言ったのです。
「うーん・・・やっぱ、今はなんか、自信がないから、人と会うのも怖いし、やっと会社に行ってるけど、本当はなんかこう、閉じこもっていたい。引きこもりになれる人とか、うらやましいなあって、思って、正直。いいなあ、引きこもっても生きていけるなんてうらやましいなあとか・・・」
このクライエントの訴えを、皆さんだったらどう受容し、どう共感できますか?
このクライエントは本当に引きこもっている人をうらやましいと思っているわけではありません。
では、このクライエントが言いたかったことは何でしょう?
私はこの言葉を聞いて、こんな言葉で応じました。
「本音を言っちゃうと、一人で居たほうが気楽なんじゃないかとか、今の気持ちでこう、人前に自分をさらすっていうことは、とってもしんどい?」
するとクライエントは間髪入れずに「しんどいですね・・しんどいです。」と反応したのです。
つまり、クライエントが言いたかったことは、職場の人間関係や仕事、生きていくことに疲れきっていて、日々消耗していく。
その辛さを訴えたかったのです。
もちろん、そのための比喩的な表現としてひきこもりを例に用いたのは、決して褒められた例えではないでしょう。
しかし、クライエントが言いたかったことは「とにかく今は辛いんです」ということです。
先ずは受容ということで考えれば「クライエントが伝えたかったのは、それほどに消耗し、疲弊し、辛いのだということなのだな」となります。
クライエントが伝えたかったことは何かをそのまま認識しているわけです。
続いて、その言いたかったこと、気持ちを私はこう理解しましたが合っていますか?という意図で言葉を返しました。
これをカウンセリングでは「応答」といいます。
その応答に対し、クライエントは即「そう、そうなんです」という反応を見せました。
この瞬間、カウンセラーはクライエントの訴えたかったこと、わかってほしかったことを訴えたいままに、わかってほしかったままにわかち合えたといえます。
これが共感、もしくは共感的理解です。
ということは、クライエントに対する受容が先にあるからこそ、その次に共感が生まれるといえるわけです。
この受容と共感の連携プレーこそ、クライエントを孤独や不安、苛立ち、絶望といった気持から解放し、自分自身をも受容することにつながるカギを握るといえます。
受容と自己一致
自己一致とは「感じていること、考えていること、そしてその言動や態度が一致していること」です。
自分が何か出来事に遭遇したり、何らかの経験をした時に感じたことがあるとします。
そして、その感じたことを受けて考えることや、感じたことに対して考えること、それから話すこと、取る行動。
それらが、一貫していること、互いに矛盾がないこと。
つまり、自己一致で重要なことは自分の中で起きていることを正確に認識することです。
それがたとえ否定的な感情や、否定的な受け止め方であっても、そんな葛藤が起きているということを先ずは認め、受け入れる。
そこで良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、そうした評価や判断を入れない。
先ずは起きたことを起きたまま眺める。
あるいは無意識の心の動きをしっかりと意識化していく。
そうした内面的な作用にフォーカスできていることを自己一致といっても良いでしょう。
かつてフロイトは精神分析において、 無意識を意識化することの重要性を説きました。
またロジャーズも、無意識下の部分をできるだけ意識できている状態を「十分に機能している状態」とし、 いずれも理想的な精神状態であるとしました。
自己一致がカウンセリングにおいて重要視されるのは、自覚不能な無意識な領域が減り、出来る限り意識化できている領域が増えるほど、しっかりとしたカウンセリングができるとされたからです。
つまりはこれは「自己受容」ということだともいえます。
自己受容とは自分自身に対する正確な認識、そのまま認識することだからです。
一つ大事なことをお伝えすると、自己受容と他者受容との間には、ある関係性があります。
それは、自己を受容できる程度にしか他者を受容できないということ。
だから他人は受容できるけど自分は受容できないということはあり得ません。
また、自分は少ししか受容できないけど、他人はすごく受容できるということもないわけです。
だから、しっかりと自己受容できる人間は、同じようにしっかりと他者受容できるということです。
受容と自己一致にはこうした関係性があるともいえるわけです。
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本当の意味で、現場で使える傾聴を身につけたい、そのために必要なことを知っておきたいという方。
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